むかしばなしでも。

 

今週はバンコクにいます。

 

先週はちょうど地震で大変なことになった台湾の花蓮にいたので、すこし驚きましたが地震の規模の大きさとは裏腹に被害は少なかったようなのでひと安心です。

 

そんなわけで、相変わらず暖かくてジメジメしていないバンコクは過ごしやすいのですが、おかげで気持ちもすっかり緩み、ブログさぼってました(笑)

 

まだバンコクに来てから2週間弱ですが、3日後には日本にいる予定です。ちょっと気合い入れてしばらくやっていきます。

 

奢りのお仕事はこちらで!

↓↓↓

https://polca.jp/projects/eRDGpah6s9G

↑↑↑ 

 

 

今回はちょっとTwitterで盛り上がったみたいなので、珍しく自分の昔ばなしでもしましょうか。

 

 

 

 

俺は中学2年の終わり。1人の友人を亡くしてから「俺はあいつの分まで生きなくてはならない。」なんていう若く具体性もない行き場のない使命感に駆られてた。

 

当然だけど、自分1人の人生すらも、どうすればいいのか全くわからない青い15歳が、自分ではない誰かもう1人の分まで生きようなんてことを考えても息がつまるだけ。そして実際にそうなった。

 

16歳のとき。自律神経失調症。そしてうつ病と診断された。そこから俺は学校や他のさまざまな嫌なこと、すべてから逃げに逃げ、とにかく自分1人で過ごす時間を増やした(というより自然と増えた)。

 

そんな中で気づいたことがある。自分ではない誰かの人生を背負うなんて不可能だ。そして、自分ではない誰かの人生のために自分の人生を犠牲にする、そんなのは意味がない。価値もない。

 

そこから俺は自分の人生に集中してみた。死んでしまったあいつの人生はとりあえずそこに置いていく。迷ったけど置いていく。そしてどこかで俺の人生が大きくなったときに、その人生をまた拾いにかえればいい。そう考えた。

 

もちろん、初めは迷った。どうしたらいいのかわからなかった。だけど少しずつ。バイト先の友達だったり、そこから出来た謎の繋がりだったり。いろんな世界を見てきた人達と出会い、相手を知り、自分について話すなかで少しずつ。自分がわかってきた。

 

そこから色んなことがあったけど、俺は「自分記述で考える」ことは徹底した。周りに流され大学に行くのは嫌だ、と思えば他の選択肢を探した。化学おもしろい、と思えば学んだ。化学なら好きなことでメシが食える、と思えば大学に行った。ここじゃない、と思えばすぐにやめた。

 

そんなふうに自己尊重と自己否定を繰り返すうちに、気づけば俺はチェコに居て、ラリってるヤツに殺されかけて、飢え死にしかけて、雪山で遭難して、川の水で茹でた(濡らした?)パスタを食い、-15℃のなかで野宿して、ヒッチハイクでたまたま行き着いた街でベロニカと知り合って、20日で結婚を決めて連れて帰り、そしてそこからもいろんなことがあり、いまはテキトーに、気ままに、いろんな国を転々としながら生きている。

 

自分の人生に集中すれば、たいていの場合、わけのわからない方向に未来は進む。だけど、それでいい。今の俺はそう思っている。

 

とにかく自分に夢中になっていれば、いつのまにかいろんな人が喜んで近づいてきてくれた。俺は運がよかっただけなのかもしれないが、少なくとも自分の人生に自信を持てば、それが自分を支えてくれる。自分の歴史に自分を刻んでいけば、それが自分の価値に、生きる理由になる。

 

そんなくだらない生き方を、俺はこれからも続けていく。いまやっていることを違う、と思えばすぐに捨てるし、これだ、と思えばすぐに始める。そうやって生きたいし、そうやって生きていけるし、そうやって生きていく。

 

普段は、昔のことを振り返ることはあまりしないのだけど、こんな粗末な文章でも誰かの人生が少しでも救われるのなら、書いてみようと思った。

 

今日はここら辺でやめておく。また機会があれば話すかもしれないし、話さないかもしれない。ゆるくやっていこう。